戦前の日本では、あらゆる思想が、軍国主義や国家主義に結びつけられた。そして、合わない思想は、排斥された。
その反動によって、戦後の思想哲学は、著しく歪められた。いまだに、その後遺症から癒えていない。
その一つは、戦前に軍部や国家に利用された思想の徹底的な排斥である。その一方で、戦後、弾圧を受けて思想の無批判な受け入れである。どちらも、民主主義の本質を歪める敵である。
もう一つの民主主義の敵は、制度に対する敵である。民主主義は、制度的な思想である。社会の歪みは、社会制度を破壊する力を秘める。不平や不満を放置すれば組織は破壊される。逆に、それを利用すれば、社会の変革の推進力になる。
民主主義制度には、絶えず、巨大な負荷がかかっている。制度に加えられる圧力は、民主主義制度の土台をも切り崩しかねない。
最も危険な民主主義の敵は、実は、民主主義の内部にいる。民主主義の内部に巣くい。個人主義や自由主義に仮装して、民主主義を内部から食い荒らす敵。それが最も恐ろしい敵である。
まず、民主主義と二律背反関係にある思想を述べよう。
民主主義は、封建主義、全体主義、軍国主義、独裁主義と相容れない。
全体主義国は、民主主義国の対極にある。
全体主義というのは、一つの価値観に全体を統一しようとするあり方である。
軍事思想によって思想を統一しようというのは、自由主義や個人主義に反する。全ての制度を軍隊と同じものにしようとすると、軍事制度には、民主主義と相容れない制度が含まれるから、軍国主義も、民主主義と二律背反関係にあるといえる。
全体主義、国家主義、独裁主義、軍国主義は、その性格からお互いに結びつきやすい。
二律背反ではないが、民主主義の根幹を歪める危険性のある思想について述べよう。
民主主義は、排他主義、閉鎖主義、秘密主義の対極にある。人民の意志の基盤を置く民主主義は、情報の開示が、命だからである。それが、言論の自由の重大な根拠でもある。
排他主義や閉鎖主義、秘密主義は、全体主義や国家主義、独裁主義の特徴でもある。
覇権主義も、他国の自由と独立を侵害するために、民主主義を自己矛盾に追い込み弱体化させる。
社会主義体制でも、民主主義を維持することは可能だ。しかし、私的所有権は、個人主義の根幹にある問題である。私的所有権の否定や制限に及んだ時、民主主義の根幹を揺るがしかねない事に、注意をしなければならない。
制度にかかる圧力とはどのようなものか、考えてみよう。
独裁制度や集権制度は、個人主義や自由主義の妨げになる。故に、民主主義体制には、なじまない。
身分制度は、民主主義を歪める。故に、民主主義は、平等主義を求める。身分制度は、民主主義を阻害する。
民主主義は、平等主義的傾向を持つ。それは、個人主義、法治主義を下敷きにしているからである。ここで、気をつけなければならないのは、平等と同等とは違うと言う事である。平等と同等の違いをしっかり認識していないと、民主主義の本質を見誤る。
今まで述べてきたのは、明確な敵だ。しかし、姿をなかなか現さない敵もいる。
民主主義にとって最も恐ろしい敵、それは、民主主義の内部にいる。利己主義や快楽主義、刹那主義は、個人主義や自由主義の名を語らって、民主主義の身中奥深く浸潤してくる。彼等は、心地よい言葉と甘い誘惑によって人々の心をたぶらかし。無秩序へと誘う。しかし、一度、その甘言にのると、底なしの欲望の世界へと引きずり込まれ、抜け出すことのできない暗い闇の中に堕ちていく。そして、当人ばかりでなく、その周囲にいる人間をも巻き込み、やがて、民主主義そのものを腐らせてしまう。
その代表的なのが、独善的な反体制主義者達である。言論の自由を楯に取り。文化を爛熟させ、退廃化していく。言論の自由の名の下に性を商品化し、子供の純真な心や肉体をも蝕んでいく。そればかりか、人身売買をも正当化しようと画策する。彼等には、モラルなどない。神もない。ただ、あるのは、己の我利我欲だけだ。そして、自分の行為を正当化するために、自由を利用する。言論の自由は、ポルノを解禁するための口実ではない。
体制に擁護された反体制なんて、それ自体、自己矛盾である。それは、反体制といいながら、その実、民主主義の主人たる大衆への媚態にすぎない。人民に媚び、へつらいながら、結局は、人民を堕落させていくのである。
言論の自由の名の下に言論の自由を破壊する者こそ、最も危険な、民主主義の敵である。
封建的領主、独裁者の下ならば、最初から、反体制、反権力を標榜する事は、民主主義に反しない。しかし、民主主義体制の下で暴力革命を唱え、反体制、反権力を最初から標榜するのは、民主主義の敵である。
現代の反体制は、知識人の保険にすぎない。体制が失敗した時、自分は、反対の立場だったと言えばいい。そのくせ、言論の自由に守られて反体制の立場は、リスクが小さい。
個人主義というのは、個人の倫理、モラル、常識、マナー、理性、自制心に対する全幅の信頼が前提として成立している。この信頼が失われた時、民主主義は、理論的根拠を失い、崩壊する。民主主義の敵は、これらの基盤を破壊する者である。故に、民主主義の最大の敵は、利己主義者なのである。利己主義は、民主主義の内部に巣くって、内面から破壊する。それ故に、恐ろしいのである。つまり、利己主義は、獅子身中の虫である。
誰も守ろうとしない思想や体制、国家など、守りきれるものではない。民主主義を守るのは、民主主義国に住む国民一人一人だ。勇気を持って民主主義の敵に立ち向かわなければならない。特に、民主主義の内部に巣くう敵に対して。
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