貨幣経済の在り方


 貨幣経済は、交換価値を貨幣価値に還元し、個々人の労働に応じて所得として分配し、更に、市場を通じて必要な財を分配する仕組みである。

 貨幣経済を構成する要素は、第一に貨幣である。第二に、財である。第三に、経済人である。経済人は、労働と所得に象徴される。第四に、市場である。

 貨幣経済というのは、貨幣を基礎とした経済体制を言う。故に、貨幣経済で重要なのは、貨幣の役割、機能である。
 財政赤字の問題も、インフレーションやデフレ対策も、戦争の問題も、根本は、貨幣の振る舞いの問題なのである。そして、貨幣の振る舞いを引き起こしているのは、貨幣の働きである。この貨幣の働きを制御するためには、貨幣の流通する量と速度を調節する必要がある。そこで問題になるのは、貨幣の流通する仕組みである。経済政策では、貨幣が流通する仕組みが重要になる。
 仕組みを理解するためには、貨幣の成り立ちと機能を明らかにする必要がある。
 今日の貨幣経済を根底を為すのは、実物貨幣ではなく。表象貨幣である。それが大前提である。故に、貨幣の機能と成り立ちで重要なのは、表象貨幣、特に、紙幣の機能と成り立ちである。

 貨幣の流れによってその反対方向の財の流れを生み出し、貨幣と財の循環運動によって分配を実現する体制が貨幣経済体制なのである。
 その為には、財の価値を全て貨幣価値に一旦還元する必要が生じる。この貨幣価値に還元することによってどの様な作用が生じるのかが重要となる。それが、貨幣制度の根幹となる。

 先ず貨幣には、貨幣独自の機能がある。それは、第一に、価値の創造と実現、第二に、価値の保存、第三に価値の転移、運搬、移動、第四に、価値の交換、第五に、決済、裁定、第六に、交換価値の尺度、基準である。

 貨幣には、実物貨幣と表象貨幣とがある。実物貨幣とは、貨幣そのものが何等かの価値を持っている貨幣をさし、表象貨幣とは、貨幣そのものは、価値を持たずに、交換価値を表象しているだけの貨幣である。表象貨幣は、最終的には、情報に還元される。
 表象貨幣は、何等かの信用を裏付けに持たなければならない。つまり、与信が必要なのである。表象された価値に対する信用が失われると、貨幣制度そのものの崩壊に繋がる。

 紙幣は、表象貨幣である。実物貨幣ではない。現在の貨幣は、表象貨幣を基礎として成り立っている。表象貨幣の成り立ちは、紙幣の成立による。
 紙幣の成り立ちは、一つは、金に対する預かり証である。第二は、国債である。即ち、借用書である。第三は、有価証券である。第四は、約束手形、支払手形である。第五は、為替手形である。第六は、小切手である。第七に、質券である。何れにしても証書である。
 紙幣の成り立ちは、紙幣の持つ特性をよく表している。第一に、預かり証だと言う事は、金や預金と言った何等かの実体的裏付けを前提としているという事である。更に、貯蓄手段でもある。第二の、国債というのは、負債を根拠としているという点である。第三の有価証券というのは、資本を根拠としているという点である。第四の約束手形というのは、信用手段を意味し、支払手形というのは支払手段を意味している。第五の為替手形と言う事は、決済手段を意味している。第六の小切手という事は、交換手段であることを意味している。
 これらが現在の貨幣の基本的機能を意味している。
 そして、貨幣経済を成立させるためには、貨幣の持つ機能が発揮されることが、前提となる。例えば、財政赤字で最大の問題となるのは、貨幣の機能の一部が財政赤字によって圧迫され、あるいは毀損されることによって機能しなくなる場合である。財政赤字の本質は、貨幣の機能に求められるべきなのである。

 質券は、紙幣の始まりと見なす事が出来る。借用書だけでは、義務が生じるだけで、信用は生じない。その点、質券には、質物、即ち、担保する物がある。
 質物には、担保する物の意があり、担保が、質と抵当に分化したのは近世である。(「中世借金事情」井原今朝男著 吉川弘文館)担保には、人的担保と物的担保とがある。
 そして、この担保権が、質権と抵当権に別れる。この質権と抵当権は、貨幣の本質的な機能に関わる大事でもある。つまり、信用の創出である。また、信用の裏付けである。

 もう一つ忘れてはならない貨幣の特性に、貨幣の匿名性がある。貨幣は、匿名的な物である。故に、貨幣的価値は、数値情報に特化しうる、つまり、量化しうるのである。また、貨幣の本質を所有と交換に単純化しうるのである。逆に言うと、匿名性を有しない物は、純粋の貨幣にはなりえないのである。これが有価証券と貨幣とを区分する基準でもある。

 紙幣に表象される価値は、現金を意味する。現金とは、その時点におけいて実現される貨幣価値である。貨幣価値は、数値情報であり、その本質は、量である。
 故に、財の持つ貨幣価値は変動しても、表象貨幣によって表示される貨幣価値は不変である。現金が指定できるのは、その時点、時点での交換価値に過ぎない。この事は、資産や財と言った実体的な貨幣価値によって形成される価値は変動的だが、負債のように表象的な貨幣価値によって形成される価値は、固定的であることを意味する。

 つまり、取引は、現金と実体的価値と表象的価値を同時に生み出すことを意味している。消費は、取引が成立した時点で価値が実現され解消される。しかし、資産や負債は、債権と債務と現金という流れるを生じさせる。それが紙幣の機能を生み出すのである。

 紙幣の生み出す価値は、現金と債務と債権に分離する。また、表象貨幣の機能は、債権と債務によって保証される。

 貨幣の機能は、決済機能がある。決済機能とは、貨幣価値の実現である。貨幣価値の実現というのは現金化である。つまり、現在的貨幣価値を一旦実現する事によって市場価値を確定し、一つの取引を裁定、清算、終了することなのである。決済することによって、つまり、現金化することによって市場価値を確定し、取引を成立させる機能が決済機能である。
 負債も、資本も、資産も、現金化されなければ市中には流通しない。故に、国債も発行されただけでは、資金を市場に供給しないのである。国債の場合は、所得に還元され、更に消費に転化してはじめて資金が市場に供給される。
 現金化されなければ、資金化されない。つまりは、資金が循環しないことなのである。資金が循環するためには、負債や、資本、資産が、市場価値として現金化される必要がある。

 貨幣の流れは、市場によって作る出される。つまり、財の流れも市場によって生み出される。貨幣と、財の流れは、反対方向、逆方向に流れる。貨幣と、財の流れは、市場の仕組みによって生み出され、制御される。
 貨幣が機能するためには、貨幣は常に市場に流れている必要がある。しかも、その流れは循環していなければならない。貨幣経済下では、貨幣が循環しなくなると、財の流れも止まってしまう。故に、貨幣経済で最も危険なのは、貨幣の滞留と停滞である。それは、血液が流れなくなるのと同じである。つまり、市場における貨幣の病は、人間で言えば血液の病、循環器の病に似ているのである。

 市場では、貨幣価値は、取引によって顕在化する。取引によって、市場と貨幣は結び付けられている。

 通貨の管理をするためには、市場の規模に合わせて通貨の量を制御する必要がある。市場の規模は一定ではない。特に、産業革命以後の市場は、絶えず変動している。しかも、市場は単一ではなく。いくつもの独立した市場が、独立した運動を繰り返しながら、全体の市場を構成している。故に、市場も位置と運動と関係も一定ではなく。絶えず、位置と運動し関係を観察し、把握しておく必要がある。そして、その市場の規模に合わせて、通貨の量を制御する必要がある。その為には、通貨の供給量、どれだけの量が市場に供給されているかを正確に把握する必要がある。通貨は、金融機関を通じて供給される。通貨が金融機関を通じて、どの様な仕組みで、市場に供給されているか、また、回収されているかを知る事が鍵を握っている。
 金融で、貸出可能な額は、資本と、負債を基数として計算されている。これは、貨幣、及び、貨幣を流通させる仕組みの決定的な制約である。

 市場は、必ずしも、一様、一律の空間ではない。幾つかの場が複合され、又は、重ねられて重層的に形成される場合が多い。
 市場は、統一された空間ではない。また、市場は、必ずしも開放された空間と限定できない。市場は、種々の規制によって分割したり、閉鎖することも可能である。更に、市場は人為的な空間である。
 市場には一定量の財と貨幣が供給されていなければならない。市場に一定量の通貨が存在することが大前提となる。財と貨幣の相対的量が、貨幣価値の水準を決める。
 即ち、貨幣価値は、財の量と貨幣の量、財に対する需要の量によって裁定される。それが物価の水準である。本来物価は、個別的な価値であり、個々の財に対する価格を指す。

 物価は、経済状態を表す重要な指標である。故に、物価を制御することは、国家の重要な役割である。物価に対し、通貨の量は決定的な作用を及ぼす。
 物価は、市場の規模と市場に流通する貨幣の量による市場の規模は、財の供給力と購買力に依拠する。財の供給力は、生産力により、供給を形成する。財の購買力は、所得と生活水準により、需要を形成する。供給力には、生産力が、需要には、所得が決定的な役割を果たしている。
 市場の規模を確定するのは、通貨の量ではない。しかし、物価、即ち、財が市場価値として顕れてくるのは、価格、即ち、貨幣価値である。物価を形成するのは、個々の財の価格である。つまり、貨幣経済は、貨幣の振る舞いとして実現する。
 貨幣の振る舞いを決定付けるのは、通貨の量である。市場の規模に適正な量の通貨が維持されないと物価は乱高下する。故に、物価の制御は、市場規模の管理と通貨の量の管理の双方から為される必要がある。
 物価は、価格として顕現する。つまり、最終的には、適正な価格の維持が重要になる。
 つまり、物価の管理は、生産力と所得と価格と通貨の管理が鍵を握っている。

 2008年に生じた石油価格の異常な高騰は、サブプライム問題で行き場を失った大量の資金が狭い石油市場(WTI)に流れ込んだことが主因である。つまり、局地的なインフレ現象である。

 石油マネーの主は、債権者であり、債務者でもある。石油で儲けた者は、投機家でもある。債権価値の増大は、与信力の増大を意味し、債権価値の減少は、信用収縮を意味する。与信力の増大は、債務の増大を意味するが、信用収縮は、債務の減少を必ずしも意味しない。それが、与信力を背景にした通貨の流量に重大な影響を及ぼす。そこに、地価や株価の急激な上昇と下落の危険性がある。

 ただ忘れてはならないのは、財が景気に及ぼす影響が比較的小さく、通貨の供給量に問題を特化し得たのは、産業革命により、生産力の増大という背景があったことを忘れてはならない。財が不足してくれば、必然的に、物価に与える影響力も強くなる。

 購買力は、単に需給の問題に還元されるわけではない。所得、即ち、経済力と、購買意欲、必要性、更に、生産力の均衡によって成り立っている。

 貨幣経済で重要なのは、貨幣価値の安定と維持である。貨幣価値というのは、価格に還元される。貨幣価値における要は適正な価格の維持である。
 価格の維持は、価格に対する市場の調整機能に依存する。市場の調整機能は、財の量と貨幣の流量によって発揮される。そして、その核となるのは、消費者の必要性(ニーズ)である。財の量は、生産力に依存し、貨幣の流量は、所得に依存する。消費者の必要性は、生活の水準に依存する。
 それが国民経済の規模を確定する。それが国民総生産であり、国民総所得であり、国民総支出である。

 以上のことを鑑みてみると、貨幣経済の根本は、所有と所得の問題に収斂する。更にそれが、消費や貸し借り、交換と言った行為に還元され、それらの要素を結び付ける媒体として貨幣が成立したことによって貨幣経済は確立されたのである。
 市場は、消費や貸借、交換と言う行為と貨幣とを結び付けて所得と所有を実現し、それによって分配を実効力あるものにする仕組みなのである。
 故に、貨幣経済や市場経済の均衡点は、所得と所有の均衡点に求められる。しかし、それは、所有や所得が一様である状態を指すのではない。あくまでも均衡して状態を意味するのである。

 公平の基準も所得と所有の均衡に求められる。問題は、所得と所有の分配の上限、下限の幅と比率にある。その幅は、労働の成果と評価の問題に帰着する。

 紙幣は、証書である。だから、出所は明らかである。当然その量も明らかである。故に、通貨の発行量を制御することは可能である。

 貨幣の流量は、貨幣価値の与信量によって定まる。つまり、信用を供与する実体の量によって定まる。現在的貨幣価値、即ち、現金を生み出すのは、債権と債務、現金自体である。債権とは、資産である。債務とは、負債と資本である。現金自体とは、収益と費用であり、それは、所得に還元される。

 つまり、通貨の量は、与信の裏付けとなる価値の総量、国債発行額、国債残高、預金残高、地価や株価の動向、企業の収益など均衡によって決まる。実際に市場に供給されるのは、融資や貸し付け、投資、所得と言った手段である。
 実際の市場への通貨の供給は、金融機関の融資や所得によって実行される。大量の国債の発行によって融資や所得に向ける資金の量が、抑制されるとクラウディングアウトを引き起こすことがある。この様に、国債を発行すれば通貨の量が増大するとは限らない。問題は、何が実際的に通貨を市場に供給するかにある。問題は、市場の仕組みである。

 貨幣は、経済単位に対する所得として市場へ供給される。経済単位は、財政主体と家計主体、経営主体である。

 財の適正な分配を実現し、維持するためには、偏りのない所得の分配が要求される。大切なのは、一定の幅の中で所得分配する事によって経済の均衡を保つ事にである。つまり、分配構造が重要となってくる。
 その為に、社会的な所得の再分配の仕組みが必要となる。
 また、分配の手段も重要な要素であることを忘れてはならない。分配の手段は、市場や社会の在り方を規制する。例えば、食料である。ただ単に食材を分配すれば事足りるわけではない。また、経済効率を考え一律、一様の店舗によって配ればいいと言うのでもない。それは、文化の問題でもある。

 経済の根本は、労働と分配であることを忘れてはならない。

 市場の変化は、熱力学と同じ様な不可逆的な変化である。放置すると過当競争から寡占、独占へと向かっていく。
 寡占や独占は、市場に偏りを生み出す。故に、寡占、独占状態に陥らないように市場の仕組みを制御する必要がある。それが経済政策の主要な目標となる。

 独占的体制、統制的体制の危険性は、貨幣価値を相対的基準から絶対的基準に変質してしまうことなのである。その為に、貨幣価値が硬直的となり、貨幣本来の調整機能を失うことなのである。それは、計画経済や統制経済の弊害でもある。

 つまり、市場の機能は、多様性によって維持される。また、多様性は、自由市場の前提でもある。
 問題は、どの様な社会、どの様な市場を望んでいるかにある。
 通貨の量、財の量、仕事と労働力、消費者、財の必要性、所得(貨幣)の分配の手段、借金の手段、財の分配の手段、労働の分配の手段、これらの要素が絡み合って市場の仕組みを形成していくのである。






                    


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